人生を振り返ったときに、何度も思い出す「情景」「感情の起伏」「思考の流れ」がいくつかありますが、原初体験的記憶は、幼稚園から小学校にかけてが一番多くて、かつ、一番好きだった科目「図工」にまつわることが多いんですよね〜。
「図工」=「創作」にまつわる記憶のうち、「情景」と「感情の起伏」にはバラエティがあるのだけど、「思考の流れ」は一つのパターンを示しておりまして、以下なかんじ〜
- まずは何も考えないで(左脳を停止させて)身体(主に手)を動かしてみる
- 手元に「何か」がみえてくると、左脳にそれを認識させ、テーマへと落としこむ
- その「テーマ」が「オリジナル」かどうか確認する
- 右脳への意識をうつして丹念に作り込んでいく
そういうやり方をしていたので、
例えば、「電話というテーマでポスターを描いて」とか、「具体的かつ言語的なテーマ」を与えられると、上記の流れにのってないので、硬直!
提出時間ギリギリに、隣の人の絵をそのままコピーしたりする子供でしたね〜(笑)
まあまあ、それは良いとして、、、
上記の流れを、意識し、かつ、流れに反して、それでも、創作(というほど大袈裟ではない~~;)に挑んだのは、小学校5年になったときでした。
◆◆◆
初めての部活。絵画部に入部を許され、遂に憧れの油絵を描ける♥というときのこと…
絵を描くのに、初めて、完全フリーで何を描いても良い、ことになったわけです(休み時間に描く「お絵描き」は付き合いで、絵を描くとは別物です〜)
それまでは、例えばステンドや彫刻などはサイズや制限されたり、絵を描くなら画用紙の大きさや(先程の私の負けパターンの)具体的テーマを与えられたり、何かの制約があったわけですが、全て自分で決めてよい!となったときに、すご〜く悩みましてねええ
そこで、「あ、私っていつも制約の中で右脳に委ねてやってたんだな〜」と上記の流れを意識した次第です
で、初めて、1.の何も考えないで右脳から入る、というパターンを破り、3.の「オリジナルテーマ」についてから入る!という、私からすると、「穿った」というか、「狙った」というか、「不純な」というか、「大人的な」アプローチをしたのですね、あのとき!正直ちょっと汚れた気がしました(笑)
でも、結局、考えつかなくてね〜〜
プチ奇行に走りました(笑)→つまり結局、いつもの1.パターンに立ち戻ろうと思った訳です、、、それしかできないことに気づいたというか<(*0*)>
そのときの奇行は、図画工作教室の出入りに、普通の扉でなく、裏庭に通じる換気口的な役割の窓を使ってみる、という・・・
で、目に入ったのが、イチョウの大木の幹のあたり。。。いつもは「葉」=「上の方」を眺めてたのに
部屋の上のほうにある小さな窓から出入りするのに頭を下にしなくてはならなくて、偶然目に入ったんですね〜
で、そのイチョウの幹のあたりだけをマクロフォーカスのようにドアップで描きました。
描き始めると、人気のない、日陰がちな、裏庭に、ひっそりと、100年ほども、そこに立っている、太い太いイチョウの木肌は、風雨にさらされ時代を越えた荒々しい凹凸、苔もついて、なんだかとっても孤独なおじいさんの肌のようにみえました
見落とされるもの
見えてないもの
光と陰
そんなことを意識しつつ・・・
「意識と無意識の交差」「人と違う視点を持つ」「相反するもの」のことを、それ以後、言語として左脳で気にするようになりましたっけ。
その結果、「私ごときの能力で本当のクリエイティビティなどあり得ない」という絶望に中学に入る前にうちひしがれることになり、その絶望感はその後もずうううううう〜〜〜っと抱えながらも、でも、厚かましくも、これまでのところ、私の存在の仕方は、多少「人とは違うやり方」「既存のルールに乗らない」→「自分で道をみつけるしかない」方向へと転がり続け、今に至る(笑)!!!!
「創造性」という崇高なものにはとてもじゃないけれども手が届かない、と思いつつ、せめていつも「視点をかえる、広げる」という努力だけはしようとはしてます。
なんか、たぶん、私みたいにフツウの人にとって、創造性を養うって、日々の小さな視点をかえる作業の積み上げのことなんじゃないかな、なんて思うわけです。
いや、だからトイレ掃除は大事だって。人が好まない、見ようとしないものを、フツウと違う角度で見て、発見して、きれいにする技を探す、、、とか(^.~)~☆
そうだ、ちょうど「木を描いた話」だし、クリエイティビティの話だし、この本、おすすめしま〜す♪
-あ、ひとつだけ忘れないように。みんなに、教えてあげること-
著者のブルーノ・ムナーリは「まじめに芸術にとりくまないで、遊んでいる」といわれるようなおちゃめな人。一方で、「禅の心をを完全に習得している」とも評価される。感性が鈍っているな〜と思うとき、アイディアに行き詰ったとき、ぜひぜひご一読を。木を書きながら左脳も右脳も刺激されますよん。名著。

